どこの企業も、業務の引き継ぎには頭を悩ませているようです。ぼく自身も色々な会社を転々としてきましたが、業務の引き継ぎがスムーズに出来た事例はあまり多くはありません。逆に失敗事例ならばたくさん見てきました。業務の引き継ぎがうまくいっているケースとそうでないケースとでは、何かしらの違いがあるわけです。今回は、業務の引き継ぎについて掘り下げていきたいと思います。
悪いのは前任者か?後任者か?
引き継ぎには必ず、前任者と後任者がいます。引き継ぎがうまくいかない理由は、この2者のどちらか、または両者に問題があると思われがちですが、事はそんなにシンプルではありません。あえて悪者をあぶり出すとするならば、彼らのマネージャーということになります。突き詰めていけば経営陣にたどり着くかもしれません。そもそも業務の引き継ぎ問題は、現場担当者レベルが解決出来るほど簡単な問題ではありません。さらにその上位レイヤーでなんとかする問題です。
では、マネージャーを悪者にすれば終わりかと言えば、そんなにシンプルな話でもないわけです。マネージャーだって前任のマネージャーから引き継いだばかりだと、大した影響力を出す前に、部下の業務の後継者問題に巻き込まれることもあるからです。または、後継者問題を認識しつつも、マネージャーレベルでは何も手を施せないでいる可能性もあります。こんな感じで、みなにそれなりの言い分があります。これでは、引き継ぎ問題の原因にはたどり着くことが出来ません。
じつはここに、引き継ぎがうまくいかない真の問題があります。みな一様に自分なりの正義があり、自分なりに頑張っていても、業務の引き継ぎはうまくいかないものなのです。前任者が引き継ぎマニュアルを作っただけでは引き継ぎなんて出来っこないし、だからといってOJTで一から手とり足とり全てを引き継ぐリソースがないのも現実問題としてあります。
本来引き継ぎとは、引き継ぎをせざるを得ない状況に追い込まれてから、急いで引き継ぐものではないのです。平時の時からサブ担当をつけたり、適度なジョブローテーションを計画しておくなど、後継者の育成自体を一つのプロジェクトとして、長期プランで取り組んでいく必要があるわけです。そういう意味で、後継者育成プロジェクトの責任者はマネージャーになります。業務の引き継ぎの責任者はマネージャーにあるので、マネージャーは、引き継ぎが失敗しないように、常に引き継ぎ計画を立てて、遂行する責任があります。前任者の退職が決まってから、慌てて引き継ぎ対策を講じているようでは、よく見る炎上プロジェクトと同じです。プロジェクトマネージャーとして、火を吹く前に処置を施す義務があるわけです。
引き継ぎがうまくいかないカラクリ
さて、もう少し下位のレイヤーに目を移しましょう。現場レベルの話です。現場レベルで引き継ぎがうまくいかないカラクリは、前任者の立場になってみればわかります。前任者が後任者に業務を引き継ぐ時は、前任者の退職が間近になったときが一般的です。定年退職か依願退職かは分かれますが、極論暴論で言いますと、前任者は引き継ぎをしなくても痛くも痒くもありません。困るのは後任者を含む会社に残る人たちのみです。もちろん多くの人はきちんと引き継ぐよう努力をして去っていくと思いますが、圧倒的なパワーバランスは前任者に偏っています。
例えば定年まであと3年。そろそろ後任者への引き継ぎを進めようとなった際、前任者の気持ちを考えてみましょう。簡単に引き継ぎが終わってしまったのでは、今までの自分の価値を下げてしまいます。出来るだけうまくいかないように見せることで、自分のやっていることは簡単ではなく、大変なことなのだとアピール出来てしまいます。実際にこういう傾向は強く、特に定年を間近に控えた人はやりがちです。たくさん見てきましたし、マネージャーとしても頭がイタイ問題です。しかも彼らは年長者ということもあって、それなりに発言権を持っていますので、そのことが余計に事態をややこしくさせるのです。上司が引き継ぎ用のドキュメント整備を指示したところで、彼らが本気で資料を作るメリットがありません。というか、引き継ぐこと自体に、前任者側には全くメリットがないのです。前任者側の正義感や義理人情を前提にした引き継ぎしか出来ない以上、はなからうまくいくわけがないのです。
というわけで、そんな事態になる前に手を施すべきです。例えば、計画的にジョブローテーションをしておけば、有事の際には別のチームからピンチヒッターをお願いすることだって出来ますし、事前に前任者にパワーが集まりすぎることを回避出来ます。また、常時複数人体制にしておくこともリスク回避と言えるでしょう。「そんなリソースなんてどこにもないよ」との声も聞こえてきそうですが、行き過ぎた効率化の先に待ち受けているのは組織の死だと言うのは、先のコラムで紹介しました。(効率を追求しすぎると非効率に陥る不思議なカラクリ)
このケースでいえば、複数人体制を取らずに経費をケチって目先の利益を手にしたツケが、将来の引き継ぎ問題として表面化しています。将来の利益を先食いしているだけの、小手先の効率化をしてしまったツケです。
もちろん、いじわるな前任者ばかりではありませんし、後任者側に全く問題がないと言っているわけではありません。パワーバランスが前任者側に偏りすぎていることが引き継ぎを阻害しているので、最初からパワーが集まりすぎないように、適度にコントロールする能力が、マネージャーに求められるわけです。
武器は懐に忍ばせてこそ切れ味が増す
逆に言うと、会社の中で自分しか出来ない業務やスキルは、会社を脅すことに利用できます。声高々に会社や同僚を脅すのは賢いやり方ではありませんが、マネージャーや経営陣にプレッシャーを与えることならば出来てしまいます。そういう武器は早めに手に入れると、社内での立ち回りがラクになります。そういった武器を使うことを推奨しているのではなくて、そういった武器を保有した上で懐に忍ばせておくのが、稼ぐエンジニアの条件だと思うのです。
さて、引き継ぎの話に戻しますが、業務遂行能力の高い社員を部下に持っておくことは心強い武器にもなりますが、諸刃の剣でもあることを理解しておいて、業務の引き継ぎを計画的に遂行しておかないと、気がついたときには手出しが出来ないほどのパワーを、特定の社員に持たせてしまうことになるかもしれません。
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