他者評価依存の高い代償

処世術 コラム

他人からの評価って気になりますよね。上司からの評価は給料に直結するし、同僚からの評価は、仕事のやりやすさに直結します。後輩からの評価は優越感に浸れますし、年齢が若い人ほど、異性からの評価は何よりも重要なものになってくるでしょう。他人からの評価は、自我を形成してくれます。他人が喜んでくれたことや感謝してくれたことは、自己満足では味わえない程の喜びを感じるものです。他人からの評価が自分自身の成長速度を加速させてくれるのは確かです。

コントロール出来ない他者評価

人間以外にも他者評価を気にする動物は多いようで、どうやらDNAレベルでプログラミングされているみたいです。したがって、他人からの評価を気にしてしまうのは仕方が無いことですが、度を越して気にし過ぎるのは問題です。なぜならば、「他人からの評価は自分ではコントロールできない」からです。コントロール出来ないものにエネルギーを使う程に無駄なことはありません。明日の天気に悩むのと同じ話です。他人からの評価を気にすれば気にするほど依存状態になり、どんどん自分らしさが蝕まれてしまいます。

例えばSNSの場合、いいね稼ぎやフォロワー集めが目的にすり替わり、本来の目的を見失ってしまいます。本当の自分の考えや意見ではなくて、ウケの良い意見や耳障りの良い事を語るに終始してしまい、本当の自分の思想や思考が存在しない世界が出来上がってしまいます。他者評価を気にし過ぎたがゆえの末路です。

自分の意見を語れないストレス

他人の評価を気にしすぎて、不必要に反対意見を恐れてしまうと、本当の自分の意見を言い出しにくくなります。そして、自分の意見を言えないことは想像以上にストレスを感じます。なぜならば、他人から評価されないからです。意見を発しないのであれば、その事が評価されることはありません。DNAレベルでは、他人からの評価を気にするようプログラミングされているのに、批判を恐れ本当の自分の意見を語れないでいると、そのことにストレスを感じてしまうのです。そして何よりも怖いのが、一度自分の意見を言えずに殻にこもってしまうと、自分自身が作ったその殻から抜け出せなくなってしまう事です。

会社でも同じことが言えます。会議中に上司や同僚の意見が飛び交う中、終始だんまりを続ける人がいます。雰囲気に気圧されたり、反対意見を恐れて発言できない状態が続くと、発言しないのが当たり前になり、最初は薄い殻だったはずなのに、どんどん分厚くて硬い殻に変わっていきます。そうなるとますますその状態から抜け出せなくなり、やがて組織の決定事項に自分の意見が反映されていない事に不満を持ち始めます。気心の知れた仲間にだけ愚痴るようになる頃には末期症状でしょう。回り回って自分の評価を落とすだけです。

万人受けする意見はない

このように負のスパイラルに陥ってしまうきっかけは、早い段階で自分の意見を言えないところにあります。自分の意見を言うのは勇気がいることですが、早い段階でそれを乗り越えないと、ますます抜け出せなくなります。その状態から抜け出すには、批判を恐れずに自分の意見を言うしかありません。不必要に批判を恐れない事です。そもそも万人受けする意見なんて存在しませんし、どんなに立派な意見にでも必ず反対意見は存在します。「命って大切だよね」とか、もっともらしい事を謳っても、不思議なことに一定数の方達には受け入れられないものなのです。

他人の目は気にするな!

他人を気にしすぎて自分の意見を言えないでいると、どんどん自信がなくなり、やがて自分らしさも失われます。どうせ他人からの評価なんてコントロール出来ないので、そんなもんで悩まない事です。もし今まで、自分の意見を言い出せないまま過ごしてきたとしても気にする必要はありません。今日を境に急に自分の意見を語り始めても、よほど批判的なものでなければ、意外と他人は気にしません。人は想像以上に他人に無頓着です。ようするに気にしているのは世界でただ一人、自分だけなのです。

意見を批判され評価を落とすことを恐れるよりも、本当の自分の意見を伝えられない事のほうがより大きな代償となります。まずは自分なりの考えを持ち、言葉や文字として形に変えていき、それを他人に伝えていく。突き詰めていけばそれらはスキルです。訓練すれば誰にでも身につけることが出来ます。他者評価の呪縛から脱却し、本当の自分自身の思いや考え方を他人に伝えることが出来るようになった時、不思議なことに他者評価が高まるものなのです。

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